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青い春

松本大洋原作の「青い春」を観ました。
映画のレビューではなく、湧き出してきた感覚を言葉にした覚書です。

予告動画


※フルムービーが見れるので最後にリンクしておきます。

作品全般にわたり、暴力と衝動的殺意で表現されている。

「無気力」という中に希望を強く見いだせない少年たちの苛立ちと不安、恐怖心が伝わってきた。

松本大洋が高校時代に「大友克洋」を読んでいたとの記述から「AKIRA」の鉄雄と金田の関係が投影されていると感じた。

ラストシーンで九條が屋上に向かって駆け出すところは救いで、青木が限界を超えてしまう。それは屋上からの転落死。直観的に体が動くというのは、それは愛ある行為だから。

暴力を別な形に置き換えるなら、自分が居る社会の人間の心模様に重ねることも可能だと思った。

自分に自信を失えば、たちまちのうちにビジネスの釣られ層へと転落し、自らの豊かさを周囲とくらべるようになる。不良少年、ツッパリは狂ったシステムに翻弄されれば幸せを見出しにくくなると感覚的に知っているのではないか。

僕らは、感情から湧き出す才能を発揮する機会を幼い頃に閉ざされる。
個性を封印し、周囲との牽制の中で少年期を過ごすとすれば、高校生の無気力な状態がとてもリアルに伝わってきた。自分を見出す術を奪われてしまっては自信を保つことはできない。

自分を見出す術というのは「気力」でしかない。その結果を世間では「成長した」とか表現しているけど。

長らく精神的には苦しい状況ではあるのだけど、僕に至っては「幸せや満足感は闘って勝ち取るもの」と言い聞かせ「こんなヘタレで終わってたまるか」と日々闘っている。その「気力」が「気合」となり、潜在的に自分が求めている出来事を引っ張ってくるが、折り重なる出会いが必要で、数年あるいはそれ以上という時を費やすこともあると覚悟することが大切だ。

運命とは自らの「気力」が操るもの。これは信じることではなく僕自身の過去を振り返り、実績としてしっかりある事実。「気力」があるかぎり感受性は枯れず明日に光を確信できるが、未来はどういう形になるか解らない。

「自分を見出す術」=「気力」は「信じる」ことから始まる。まったく頼りにならない大人達からの保身で抵抗する態度をとるならば、いずれ自分の肥やしとしていくことができるのに。

僕がもし監督なら、拍手12回目で九條が間に合い、青木はアイコンタクトで無言の会話を行う。九條との出会いから後を走馬灯のように蘇らせる。青木は心理的救済の後、笑顔を見せて13回の拍手により転落。死をもって友情を不朽のものへと昇華させたい。

しかしなぜ、松本大洋が描くのは2人の対話に間に合わないクロージングなのか。

ラストで九條が屋上についた瞬間に、13回の拍手で青木は転落死して映画は終わる。

「青い春」フルムービー












プロフィール

ave.sun.

Author:ave.sun.
毎度!あヴぇさんです!

身長169.7cmあります。
170という壁を一度も超えたことがありません。

普通に会社員してますが、休日に地域のイベントに出没することがあります。

気分的には、かなり!千葉県民です。

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